普 通に親に育ててもらって大学までいき、でも就職もせずに20代半ばを過ごしている無気力な青年が「これではダメだ」と就活し、採用されたリサーチ会社の実態は、なんとサクラを使って利用者から大金をだまし取る出会い系サイト運営。その手口を先輩社員から教授されているうちに、分かるはずがないこの会社を必 死に突き止めた被害者に乱入され……。ネットや携帯があふれるバーチャル社会の歪みを男と女の価値観の点から痛烈にぶった斬る力作。実に見応えがあった。

(tetorapack、CoRich舞台芸術「男女」レビューより一部抜粋)

 

働いたら負けだ、とは思わないけど働くのが勝ちとも思えない、生きてる実感を持てない二十代半ばの澤木がある日、バイトでもはじめようかと情報誌でみつけた 会社に電話をする。電話を切ると、部屋から出て、電車に乗って街へ出る澤木の動向と、その他のキャストの動向が舞台の後方部に設置されたプロジェクターに 投射され、この映像が終わると澤木が先ほど電話をした会社の面接の場面に切り替わる。映像のなかでストーリーを動かし、その続きを舞台ではじめるというの は非常に斬新だった。

ドラクエに出てくる”くさったしたい”みたいだ と自らを体言したことが買われた澤木はあっさり採用が決まる。この会社は実在しない女性になりすましたスタッフらが、女性と出会いたい男性ユーザーにメー ルを送信させることによって売上をつくっている悪質な出会い系サイトを運営しているが、ここで働く若者たちに人を騙しているという罪の意識は全くなく、彼 らの創作したキャラクターとやりとりをしているユーザーをおちょくったりしている。そこへ、サイトの高額利用者ジャスティスが登場し事態は一変する。借金を作ってまでサイトを利用していた彼は架空の住所を記載しているこの会社を調べあげ、これまで入金してきた分を取り返しに来たのだった。

「金を持ってこい」とまくし立てるジャスティスに「近くの金庫から取ってくる。」と部屋からひとり出て行き、彼が部屋に戻ってこないことを悟った残りのスタッフらがあの手この手をつかって何とかこの部屋から脱出しようとするのはおもしろかった。

まぁ、 二人目と三人目はビルの地下に金庫があるとバレバレの嘘をついてどさくさに紛れてノリで出て行った感はあるけど、四人目のメールレディが、「借金を作って までして架空の女性に惚れこむ一途なジャスティスさんはカッコイイ」といい、ジャスティスさんとなら寝れるとまで言い放つあのくだりは秀逸だった。ジャス ティスを混乱させる狙いがあったのだろうか。これをきっかけに彼女は無事、外へ出られた。

残るは”くさったしたいくん”ただひとり。社 会人への一歩(就職)につまづいてしまった自分に比べて、普通に毎日働いて、普通に子どもがいて、普通にローンで家を買って・・・そんなことを普通にして いるジャスティスをベタ褒めした上であなたにも家族がいるのだし、僕もせっかく決まった仕事を失うことになるからこのことは誰にも言わないからもう止めま しょう。と諭す。ここでの駆け引きはなかなか見応えがあった。

最後にジャスティスが彼を刺殺してしまうだろうことは途中で何となく想像はついたがものの、いざそうなってみると非常に後味が悪かった。

(Hell-see、CoRich舞台芸術「男女」レビューより一部抜粋)

「ドラクエのくさったしたい=現代の無気力な若者」という着想から派生して主要キャラクタ、沢木が生まれて、
そこに前からやりたかった出会い系サイトの裏事情という構想をぶっこみ、
あなたのところに来る迷惑メールって、実はこんなふうに送られてくるんですよ!みたいな裏話から、
男から見て女はこう見えるの!
女から見て男のこういうところがムカつくの!
という男女の価値観と視点、感じ方の違いやそのずれから、ニンマリするようなネタを連発しつつ、
最後はなにやら若干気分悪いラストを迎えるこの話。

展開で言うと、起承承承承承転結(承の部分は全部ネタ)。
それでいて言いたい事は全部言っちゃいますよ、知りませんよ、みたいな、
わたくしテイスト全快な本になりました。

この本のタイトル「love song 探して」は、
ドラクエ2のパスワード入力画面で流れる、とてもメロディアスな曲。
出会い系サイトを運営している「株式会社ドルオーラ」は、ダイの大冒険の竜の騎士だけが使える必殺技。(バラーン!)
くさったしたい、から派生した話であるので、本の各所にちょこちょこドラクエ小ネタをちりばめつつ。

無気力な青年、沢木がぼんやりと街を歩いていき、
登場人物それぞれとすれ違ってゆく。
すれ違う人それぞれにドラマはあるけれど、そのドラマ同士は基本的に、まじわらない。
それが交わる事ってやっぱりすばらしいし、すごいことだなあ、と思うのです。
「この出会いが偶然なのか必然なのか?」みたいな事を言う人がたまにいますが、
出会いはっ、奇跡です!!(今世紀最大のドヤ顔)

この本の中盤のキーになるのは、宮崎あおい。
宮崎あおいは男から見るとものすごいかわいいが、女の子からの人気があんまりないけど、なんでなの!?っていう言い合い。
宮崎あおいさん。お世話になりました。クレームが来たら平謝りするしかありません。
大好きですから、お願いだから訴えないで。

 

沢木「普通にやるのって、けっこう大変なんですよね」
前橋「どういう意味だ」
沢木「普通に学校行って、普通に卒業して、普通に就職して。普通にお金を稼いで、普通に結婚して…普通に子供ができて、普通に子供を育てて…僕は普通に就職するところからもうつまづいてますけど、そういう、僕が今まで『普通だ』と思ってたことをするのって、ものすごい難しかったんだなって思ったんですよ」
前橋「へえ」
沢木「そう考えると…両親も、すごいなって思うんですよ。こうやって何不自由なく、普通に育ててくれたっていうのが、なんか…すごいなって思うんですよね」
前橋「そうか?普通のことだよ」
沢木「いや普通なんですけど!だって母親はいつも家族の誰より早く起きて朝ごはん作って、弁当つくって。夜は家族の誰よりも遅く寝て。そんなのが何年も何年も続いてて…。父親は楽しいのかわからない仕事を何十年も続けて、ローン35年とかで家買って、それで…稼いだお金はほとんど全部家計に回してて…そんなの、きついじゃないですか。それってすごいことでしょう!?」
前橋「だから、すごかぁねえって」
沢木「それが普通だからですか」
前橋「そうだ」
沢木「ですよね。それは『普通』のことだから…ほとんどみんな、状況は違えど、似たような感じで生活してるから、誰もみんなそれを『すごい』とは言わないです。でも僕からしてみたらそれはすごい事なんですよ!極端な話、街歩いてる人ひとりひとりに言いたいですよ、あなたがやってることって普通のことだけど、本当はそれって、すごいことなんですよって」

この本の肝であり、本当にそうだなぁと思うこと。

ごめんなさい、知らなかったんです。オトナになるまで。
ただ生活していくことが、こんなにも大変だったってこと。
あたりまえなんだよ。
あたりまえなんだけれど、それって大変なことなんだから、
きっと、もっと褒められていいはずなんだ。

地味だけど。そこに派手さはないけれど。
そういうことじゃないんだと。
これは絶対に忘れちゃいけないことなんだと、思うのです。

 

前橋「……おれなあ、緊張しいなんだよ」
沢木「……はい?」
前橋「周りで人が見てるとなぁ、緊張して何にもできなくなっちまうんだ」
沢木「あ、わかります!僕もそうなんですけど……」
前橋「サシなら大丈夫なんだよ……」
沢木「はいはいはい、僕もそうです……」

出会い系サイトの多重債務ユーザー、ジャスティスの役名は前橋。
前橋(水越健)はこの後、沢木(横田純)を凶器で刺しますが、それに至るきっかけとなる、
この「緊張しいなんだよ」というセリフがとってもよかった、というご意見多数。
この前のシーンでこのふたりは若干打ち解けるのですが、え?なんなの?やっぱり刺すの!?とドキドキした、とのこと。
ありがたいお話です。

前橋が沢木を刺す、というこの本のラストシーンに関しては、書いている途中にかなり迷っていて。
刺さないパターンもあったのですが、それは沢木と前橋が、
「おちこぼれである」「おれたちは二人ともくさったしたいだ!」という低いところで同調してしまうエンディングであり、
あまりにもダメ人間オーラがぷんぷん出ていたせいか、演出に没を食らいました。
ええもう、ぼくも没で正解だったと思います。

この本に関しては相当なカットが入っており、お蔵入りになったくだりが多数あります。
あとは、前橋が沢木を刺し殺す直前に、自分の今までの話をするくだりとかがありました。
前橋は実は百貨店マンで、そこのギフトコーナーで売ってるクッキーが本当にまずい、とか、そういう話。
狂気の権化である前橋の人間っぽさがちょっと出るシーンだったんですが、
いかんせん全体通して長すぎたのでそれも演出がバッサリいきました。

 

2010年8月22日
MacGuffins 脚本 横田純(Jun Yokota)

 

本書いた横田が打ち明ける「男女」のこと。「18歳ロケット」

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