Dialogues

演出、古田島啓介のインタビューズまとめ。第3回


※ザ・インタビューズで回答した内容を加筆修正し、再構成したものです。

古田島啓介インタビューズまとめ

 

質問:
「マクガフィンズの脚本を書いているのは横田さんだそうですが、古田島さんのやっている『演出』とはどういうものなのですか?」
(2012年3月2日回答)

簡単に言ってしまうと映画で言う監督のようなポジションです。脚本:横田 監督:古田島 みたいな。

小劇団は作、演出、主宰を全て同じ人が行っている場合が多いです。まぁ、そういう団体はとても動きがシンプルだと思います。脚本書きながら演出考えられるし、脚本にやりたいことを自分が自分でぶち込めるし。ただ、マクガフィンズは脚本と演出が異なるので、演出から見たお芝居の作る流れを説明します。

まず、横田と打ち合わせをします。打ち合わせといっても次の芝居の稽古が始まる三、四ヶ月前だったりするので結構漠然とした感じです。その時にテーマ的なものがバチコーンと言えれば良いのですが、大抵「あー」とか「うー」とかしか出ないので最終的には何かしらの音楽とか、漫画とかを出してイメージを共有します。

その後、横田が書き始めます。その間に数度打ち合わせをする時もあります。第一稿は最初から最後までドンと来ることもあれば、そうでなく前半だけの時もあります。そこでまた打ち合わせです。その時に例えその第一稿が最後まで書きあがっていたとしても全書き直しをお願いする時もあります。「何でそんな鬼の所業をするの?」という声もありそうですが、理由はその方が100%面白いものが出来上がるという自分の感性と、実際に書き上げてくれる横田を信じているからです。

第一稿が上がると芝居の設定や場所などの大枠が見えてきますので横田に全書き直しをお願いする頃に演出サイドもゆっくり動き始めます。自分は音楽からイメージをもらって色々と考え始めるので、とにかくこの芝居に合う音楽を聞きまくります。そこから映像のイメージだったりと具体的なところに派生していくので。あとは配役をこの時点で考え始めます。まだ決定稿ではないので漠然とはしていますが、この時点で考え始めないと後で困るのです。

全書き直しをすると横田のライフが0のところに『かいしんのいちげき』を決めるようなものなので、そこからは相当追い込まれます、横田が。台本も一気にドーンではなくてしっかりと確認をしつつ先に進みます。そして、二人で打ち合わせをし、書き直しをしつつ最後まで書き終えて台本は完成という形になります。

台本が完成するとここからが大変です。作、演出を兼ねている演出さんは書きながら演出プランを考えられたり、台本の解釈の必要性も無かったりするのですが私はそうはいきません。台本を書くのは横田でも、台本を解釈して役者に演じてもらうのは私です。だから、自分が自分なりに台本上の登場人物の心情を紐解いていきます。

あと、台本のカットも同時にしていきます。横田には長くなっても良いとは言ってあるのですが、私個人としては芝居は90分以内が観ている人にとってはベストだと思います。ということは、観てもらう我々にとってもそれがベストだと思います。なので、長い場合はカットしますし、長くなくてもカットします。理由としては、やはり台本をしっかりと演出として見てみると無いほうが良いと思う箇所があるのです。展開上テンポ良く行きたいところであるとか作りたい雰囲気とそぐわない台詞、そこは言葉ではなく表情や間などの役者の演技で観ている人に役の心情を伝えたいと思ったりなどなど。なので、もしうちの芝居のノーカット台本を公演を観たお客様が観ると驚くと思います。相当カットしています。

横田の凄くありがたいことはこのような事に何も言わないことです。台本をカットするのは自分が血を注いだ台本が削られていくという事なので、作家さんによっては嫌がったり、「そこはカットしないでくれ」と口を挟む人もいると思うのですが、横田は全くしません。台本の解釈も横田と全く違う時が度々ありますし、それを横田が演じるときもあります。ただ、それでも素直に演じてくれます。そこは自分の演出を信頼してもらっているんだと思いますし、だからこそ、しっかり作らねばと思えます。

このような台本解釈や演出プランが決まってから稽古に入れると凄く個人的にはありがたいのですが、現実はそうはいきません。遅筆している場合は演出プランを練りながら稽古が進んでいきますし、稽古したのにギューンと方向転換することもあります。そのように悪戦苦闘しつつ稽古をしていきます。

ただ、どんなに演出プランを練ろうと相手にするのは役者という生身の人間ですから、その時にその人から出るものが大切なのだと思います。

 

 

質問:
「古田島さんが脚本を書いたりはしないのですか?」
(2012年3月2日回答)

キャラメルボックスの成井豊が書いた本だったかに書いてあった言葉をそのまま使うと、
「自分はアレンジャーであってクリエイターではない」
ですかね。何か元があって、それをどうするとかそれをこう発展していくと面白いとかは浮かぶんです。1から10を作る作業ですね。ただ、0から1がダメなんですよ。

台本を書こうとしても、最初の台詞が全然浮かばない。なんか、自分が書き出す言葉の全てがチープに感じてしまうんです。嘘くさく感じてしまうんです。

それに横田が書く台本は十分に面白いですから、自分が書く必要性は無いです。

 

 

質問:
「マクガフィンズの劇中に使われる楽曲は、誰が、どのようにして選んでいるのですか? また、選ぶ時に何を基準に選んでいるのでしょうか。教えてください」
(2013年5月27日回答)

マクガフィンズの劇中曲は全て自分が選んでます。

自分は曲を聴きながら演出を考える癖があるのですが、その曲とシーンがつながる瞬間があるというか、自分の中でヒットする曲を聴いていると情景が頭の中で浮かんでくる瞬間があるんですね。そうしたら、その曲を何度もリピートしてイメージを固めていく感じです。

ただ、うまくイメージが頭の中で固まらないこともあって、今回の『何度もすみません』の中盤の逆再生のシーンは曲とイメージだけ先行してしまって、稽古場で実際に役者に動いてもらいながら固めようと思ったら稽古場が大混乱でしたw まぁ、結局はしっかりとしたシーンになりましたが。

 

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2014-03-22 | Posted in DialoguesComments Closed 

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