Dialogues

脚本、横田純のインタビューズまとめ。第5回


※ザ・インタビューズで回答した内容を加筆修正し、再構成したものです。

横田純インタビューズまとめ

 

質問:
「脚本を書いている段階で配役を考えていますか?それとも演出家が全て決めるのでしょうか?」
(2011年10月13日回答)

今まで書いてきた大体のものは、脚本を書く前の段階から配役も考えています。「この役をやるのはこの人」という前提で脚本を書く、アテ書きというやつです。ただマクガフィンズの場合、脚本が書きあがった瞬間から、ありとあらゆる権限がすべて演出の古田島に移るので、ぼくが書きながら想定していたキャスティングとはまったく違ったキャスティングになることも多々あります。そこにはぼく個人の意見はほぼ反映されませんが、ぼくはそれでいいと思っています。

「それならばそもそもアテ書きをする必要がないんじゃないか」というのはもうおっしゃる通りなのですが、誰がやるかわかんない役のセリフを書くよりも、「この役やるのは多分この人だからこういうこと言わせよう」って考えながらセリフ書いた方が役のキャラクターもつきやすいし何よりぼくが楽しいので、そうしています。

 

 

質問:
「マクガフィンズ過去公演で、特に思い入れのある作品はありますか」
(2011年10月9日回答)

punctum プンクトゥム」ですね。旗揚げ公演から4ヶ月後に行われた、第2回公演です。

理由はいろいろありますが、とにかく「はじめてづくし」だったのです。キャストがたった5人だけだったこと。1F客席が2方向にある上に、舞台が吹き抜けになっていて2Fにも客席がある、変わったつくりのpit北/区域という劇場に進出したこと。プロジェクターを2台同時に使って映像を2面の壁に映したこと。プンクトゥムの主人公には明確なモデルとなる人物が身近にいて、そのひとの書いた日記を何年分も読ませてもらったりして、とてもたいせつに作品に落とし込んだこと。旗揚げ公演は短編のオムニバスだったので、ぼくはそれまで長い脚本を書いた事がなく、これが実質、長編の処女作であったこと。その他にもまだある。

旗揚げ公演というのはなんとなく勢いでやれてしまうものですが、それをふまえた上である程度の計算やビジョンがあったとはいえ、2回目もとんでもない勢いでやってたんだなぁと。今思い返しても少しおそろしいです。なにしろ、わからないことだらけでしたから。

 

 

質問:
「5年前の自分に、今の自分は想像できたと思いますか?」
(2011年10月9日回答)

「いつか自分で団体をつくりたいなあ」「脚本を書きたいなあ」という願望は、ちょっと真面目に演劇に向き合ってみようと思ったハタチ前くらいの時点からずうっとあったので、望んだとおりになっているといえば、なっています。

5年前のぼくは東京P.R.Oという劇団に所属しており、「自分には圧倒的に経験が足りない」と思っていたので、とにかく、がむしゃらにやっていました。自分の所属している団体とは別の団体に出演する「客演」というモノもその頃はじめて経験して。なにもかも手探りでたくさんの事をやっていたために、そりゃあいろんなものにぶち当たるんですが、「手応えはどうだ」と聞かれたとき、「あるといえばあるけど、これが本当によい手応えなのか判断できない」という状態だったんですね。正解とか不正解とか、決められるものではないけど、限りなく正解に近い方法やルートが存在しているとは思っていて、ただそれを導き出すためのモノサシやコンパスになるようなものがなかったから。それを必死になって自分で作ろうとしていたように思います。「こういう言い方するとスベるんだ」「これだと不快に思われてしまうんだ」「今までこれしかないと思ってたけど、こういうやり方もアリなんだ」とか。サイヤ人は瀕死の状態から回復すると戦闘能力が上がるそうですが、そんなことをくり返していた、ように思います。

でも、やっぱり、巡り合わせみたいなものってあるじゃないですか。ぼくが一番むずかしくてきついと思っていたのは「信頼できる人と組めるかどうか」ということだったのです。そんな人なかなかいないし、探そうと思ってもどうやって探せばいいのかわかんないし、仮に見つけたとしても今度は組めるかどうかわかんないじゃないですか。今いっしょにやっているメンバーのほとんどとは5年前の時点では知り合っていなかったので、さすがにここまでは想像できなかった。昔おぼろげに描いた未来の状態より断然今の方がいいので、ああ、運がよかった、と思っています。

 

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2014-02-26 | Posted in DialoguesComments Closed 

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